拓也は、学生時代から「いい人」で終わる男だった。
飲み会では盛り上げ役、恋愛では補欠。告白する前に、だいたい負けていた。
社会人になって十数年。仕事は地味に積み上がって、気づけば役職もついた。年収も上がった。
昔の自分を知る同級生たちは「すごいじゃん」と言う。拓也はその言葉を、褒め言葉以上に“許可証”みたいに受け取った。

“やっと俺の時代が来た。”
ある夜、取引先の流れで連れていかれたキャバクラ。
そこで、笑顔が上手い女の子が拓也のグラスを見て、自然に言った。
「拓也さんって、頼りがいありますよね」
それは営業トークだった。でも拓也の耳には、人生で初めての“肯定”みたいに響いた。
家に帰って、妻の美咲が「おかえり。ご飯温める?」と言った声が、妙に日常すぎて薄く感じた。
その日から拓也は、店に通い始めた。
最初は月に一回。次は週に一回。気づけば「会わないと落ち着かない」に変わっていた。
拓也は財布のひもを緩めた。
ボトル、シャンパン、指名、同伴。
“俺はモテている”という感覚は、支払い明細と比例して太っていった。
家では、態度が変わった。
美咲が「最近遅いね」と言うと、拓也は鼻で笑った。
「俺が稼いでるから、この生活があるんだろ?細かいこと言うなよ」
美咲の目が一瞬止まる。けれど、何も言わない。
その沈黙が拓也には勝利に見えた。昔、女の子に選ばれなかった自分を、今やっと取り返したような気がした。
店では女の子が甘い言葉をくれる。
家では妻が現実をくれる。
拓也はいつの間にか、現実を“敵”にしていた。
しかし、王冠は札束でできていた。
重い。汗をかく。
そして、金が減るたびに、王冠の輝きも薄くなっていった。

