なぜ人は「元恋人」を理想化してしまうのか
別れた恋人のことを、ふと懐かしく思い出す瞬間があります。
当時は喧嘩ばかりだったはずなのに、「あの人は優しかった」「あの時は楽しかった」と、良い記憶ばかりが浮かぶ。
人間の記憶は、写真のように正確ではなく、むしろ“編集可能な物語”のようなものです。時間が経つほど、都合の悪い部分が削られ、残された美しい断片だけが強調されていきます。

脳が生み出す「都合のいい記憶」
脳は過去をそのまま保存しているわけではありません。
私たちは出来事を思い出すたびに、記憶を“再構築”しています。
その過程で、つらい記憶や不快な感情は無意識に薄められ、心地よい感情が優先的に再生される。これは脳がストレスから自分を守るための防衛反応です。
恋愛の記憶ほど感情の揺れが大きいため、特に“美化”が起きやすいのです。
例えば、喧嘩の原因や不満はすっかり忘れてしまい、代わりに初めて手をつないだ瞬間や旅行の記憶だけが鮮やかに残る。
これが“ロゼンティール効果”と呼ばれる心理現象で、人は「最後に感じた良い印象」を強く記憶する傾向があります。
別れ際にほんの少し優しい言葉をかけられただけで、その印象が上書きされ、結果的に「いい人だった」と錯覚してしまうのです。
自尊心を守るための“恋愛補正”
もう一つの理由は、自尊心の防衛です。
「失敗した恋」をそのまま認めるのは苦しいこと。
だから私たちは無意識のうちに、「あの人が悪かったわけではない」「タイミングが合わなかっただけ」と、過去を綺麗に整えます。
過去の恋を美化することは、実は“自分の選択を正当化する行為”でもあります。
こうした心理補正は、心の安定を保つためには役立ちます。
けれど同時に、現実逃避の入り口にもなります。
今の生活に不満があると、理想化した過去の恋を「本当の幸せ」と錯覚し、再びそこへ戻りたくなる。
この状態を放置すると、“元恋人との再燃”という危険な行動に繋がっていきます。
「過去を美化する人ほど、現在の満足度が低い」
心理学の研究では、過去の恋愛を美化する人ほど、現在のパートナーシップに不満を抱いている傾向が強いことが分かっています。
満たされない気持ちを補うように、過去を「理想の恋」として記憶を作り替えるのです。
つまり、“懐かしさ”は“現在への不満”の裏返しでもあります。
探偵事務所でも、浮気の発端が「久しぶりに元カレ(元カノ)と連絡を取ったこと」だった、というケースは多く見られます。
本人は「偶然の再会」と言いますが、実際には心の中で過去を引きずっており、SNSを通じて無意識に“探していた”場合も少なくありません。
そして会ってしまえば、理想化された記憶が現実と混ざり、恋愛感情が一気に再燃してしまうのです。
現実を守るために必要なのは「思い出との距離感」
過去の恋を思い出すこと自体は悪いことではありません。
誰にでも、人生の中で忘れられない時間はあります。
しかし、そこに「今の自分」を重ね始めた時、記憶は幻想に変わります。
美化された過去は、まるで磨かれたガラスのように綺麗に見えますが、その中には現実の棘が隠れています。
思い出は“懐かしむもの”であって、“戻る場所”ではない。
過去を懐かしく感じた時こそ、今の生活を大切に見つめ直すチャンスです。

