昆虫学者の宮竹貴久氏の著書「したがるオスといやがるメスの生物学 昆虫学者が明かす愛の限界」は、昆虫や動物の生態から、「オスは自分の遺伝子を遺す、メスは少しでも優秀な個体と結合して子供を産む」という本能から動いており、生き物の現実を教えてくれます。
昆虫たちの生態を知れば、男も女も男同士も女同士もわかり合えないのは当たり前、みんな自分の遺伝子を遺すための壮絶なバトルを展開している事実が腑に落ちます。

 

 

活動的なのも引きこもるのも全部生きるための戦略だった

 

大学の教師になる前の宮武氏は沖縄県の研究職員として、さつまいも害虫であるアリモドキゾウムシのオスが「死んだふり」をすることを発見します。
ゾウムシが死んだふりをするのは非活動モード、つまり休止モードになったとき。
活動モードになったゾウムシは始終移動しており、実は死んだふりはしません。
死んだふりをするのは生存戦略的なもので、動かないでじっとしていると外敵に会わないですむ。
万が一、外敵に遭遇した場合は、死んだふりをして、相手が遠くに行くまでやりすごすというのです。
しかし、非活動になると動かないのでメスと接触するチャンスもなく、ほとんどの非活動モードのゾウムシが一生交尾をすることなく生涯を終えてしまいます。
一方、活動モードのオスは始終、場所を移動しているのでメスと接触する機会が増えます。
これで交尾できて、子孫を残す機会が増えるのですが、その分外敵に襲われ命を落とす危険も増えます。
命を落とさずに無事にメスと交尾できるゾウムシはごくわずかです。
つまり、非活動モードになると一生安泰だけど子孫は残せない。
活動モードになると子孫を残せる可能性は上がるけど、その分途中で殺されるリスクもある。
これを人間におきかえると、大人しくて消極的な男性だと、出世しなさそうだし、収入も低そう、だけど浮気だけはしないで平穏無事な家庭が築ける確率が高い。
片や、活動的な人は出世しそうで、収入も高そう。
だけど、競争が激しくライバルや上司に蹴落とされる危険もあるし、活動的だから他に女性を作るかもしれない。
どちら自分の目的を達成するために必要な戦略だったのです。
活動と休止のバランスがいい人が一番でしょうが、なかなかそんな人はいないのが分かります。

 

オスとメスの利害が一致しない性的対立とは?

 

またコクヌストモドキという甲虫の生態を調べたところ、顎の大きいマッチョなオスから生まれたオスはその遺伝子を持ちマッチョになって、他のオス同士との戦いには有利にうまれます。ところがメスが生まれても、同性同士で戦わないのでマッチョに生まれたメリットはありません。
また顎の小さいスマートなオスから生まれたオスは、オス同士の戦いには不向きで、スキを狙ってメスと交尾する「スニーキング」や1回の交尾でより多くの精子を出す戦略をとるようになります。一方、メスが生まれると腹部の方が大きく長くなるのでいっぱい卵が生まれてたくさん子供が生まれるメリットができます。
つまり、男性に生まれると有利な遺伝子が女性の場合では逆にデメリットになり、女性にうまれると有利な遺伝子が男性の場合では不利になってしまうのです。
これを性的対立と呼びます。
ここでオス有利の遺伝子を持ったメスはオスをたくさん産み、メス有利の遺伝子を持ったメスはメスをたくさん産むようです。
そうすれば、生きていくのに有利な遺伝子を遺していくことができるからです。

 

結局はメスが選ぶ?

 

オスは自分の遺伝子を遺したいために交尾するので、自分と交尾した後はそのメスに他のオスと交尾してもらいたくない。
そのためにペニスを進化させトゲトゲで次メスを交尾できなくするゾウムシや。精液の分泌物で膣にフタをする「交尾プラグ」を作るウスバシロチョウ。ショウジョウバエは精液にメスが交尾した他のオスの精子を殺すために毒が入っています。この毒にメスも影響を受けて早死にしてしまいますが、自分の遺伝子を遺すためなら手段は選びません。
一方、メスもオスの横暴に黙っているだけではなくて、対抗手段を昂じます。
ヒメフンバエはオスから受け取った精子を貯めておく受精囊という袋が3つあり、体が大きくなる精子を貯めた袋から排卵のタイミングで取り出し、精子をコントロールしています。
哺乳類では、群れを乗っ取ったライオンのオスが子供を殺すと、メスは一様に発情期になり、オスは新しい群れで自分の遺伝子を持った子どもを妊らせることが可能になります。
ネズミなどの哺乳類では他のオスの匂いを嗅ぐと、自動的に流産する「ブルース効果」が発見されました。
昆虫、動物の交尾の姿を知ると、愛よりも遺伝子が優先されているのがよく分かります。
生き物たちのしたたかな生存戦略を少しは学んで、世知辛い社会を生きのびていきたいものです。